カンタン♪ハワイ入門 〜歴史上の有名人編〜
むむむー、確かに、ハワイへ行く時の心境って、開放!リフレッシュ!しかも、イメージはさんさんと陽光降り注ぐ常夏の楽園、ですものね…仕事で忙しかった昨日までを捨ててお楽しみに行く時に、ヨーロッパじゃないんだし、歴女じゃないんだし、歴史を頭において旅立つ人はあまりいないかも…ワタクシもそうかも…
でもそのハワイにも確かに歴史はあり、特にさとうきびプランテーションの為日本からの移民も多かった近代は、同じ日本人として胸が痛くなる史実もたくさんあります…
昨年秋、モーハワイ編集長へなちょこ・しゅんさんの「ハワイタイムマシーン」という本を読みました。子どもの頃から歴史は大の苦手だったので好んで歴史本を読むことはほとんどなかったのですが、これは自分から手に取りました。しゅんさん独特の視点からのハワイの歴史が、ワタクシの様な歴史ニガテーな者にもわかりやすく書かれています。決して宣伝じゃあありませんよ。素直に興味深ーい歴史本だったのです。特に日本からの入植者のことが書かれている章では何度か目頭を熱くさせられました…
が、今回はもーっと古い時代のあの方たちをピック・アップしてみました。
ええーー、ますます興味わかないじゃない!なんて言わないで!皆さんがハワイに行くとゼッタイ必ず耳にする名前ばかりですから…
まずはさておき、「カメハメハ(KAMEHAMEHA)大王」!(1758?〜1819)ただの王様でなく大王様ですよ!
18世紀にハワイ王国を創りそのわずか15年後にハワイ全島を統一したのです、スゴイです。
ホノルルのダウンタウンにあるカメハメハ大王像が有名ですが、出身地であるハワイ島カパアウとヒロにも彫像があります。
海外では、偉業を成し遂げた人物の名前は地名や通り名になっていることが多いですね。
カメハメハ大王もハイウェイの名前になっていますが、ワイキキのメインストリート、カラカウア(KALAKAUA)・アヴェニュー、これも実は王様の名前ですよ。
毎年4月頃ハワイ島で行なわれるフラの大イベント、メリー・モナーク(MERREI MONACH)、日本語に訳すと「陽気な王様」、これ、「カラカウア王」(1836〜1891)のことなんです。19世紀、人民に選ばれたカラカウア王は、一時封印されてたフラなどのハワイ伝統文化の復活を推進し、この様な愛称で親しまれました。明治時代には来日もしていたんですって。へええー。
次はカラカウア王の妹であり、ハワイ王朝最後の君主「リリウオカラニ(LILIUOKALANI)女王」(1838〜1917)。
ホノルル・ダウンタウン、ハワイ州政府庁舎内にて。
音楽の才能に恵まれ♪アロハ・オエ(ALOHA OE)などの作者でもあります。女王の好んだハレイワには名前を冠した教会があり、ワイキキのパシフィック・ビーチ・ホテルの西側の通り名はリリウオカラニ・アヴェニューです。またオアフ島北部のプナルウには女王の資産で造られたリリウオカラニ・チルドレン・センターがあり、1917年逝去するまで、いつも人々がより良い暮らしができきちんと教育が受けられるようにと考えていた素晴らしい女王様です。
言わずと知れたサーフィンの神様「デューク・カハナモク(DUKE KAHANAMOKU)」(1890〜1968)。生粋のハワイアンでワイキキ生まれの彼は子どもの頃から水泳などが得意で、1912年のストックホルムオリンピックの水泳で金メダルを獲得後、いくつものメダルを手に入れサーフィンを世界中に広めました。プレスリーと一緒に映画に出演したこともあります!
クヒオ・ビーチに立つ彼の銅像↓前は記念写真を撮る観光客でいつもいっぱいです。
ホノルル動物園があるカピオラニ(KAPIOLANI)公園は、この土地をホノルルに寄贈したカラカウア王の妃、「カピオラニ王妃」の名前です。
シェラトン・プリンセス・カイウラニ・ホテルの「カイウラニ(KAIULANI)王女」はカラカウア王の姪っこさんです。驚いたエピソードは、カラカウア王が姪っこのカイウラニ王女を日本皇室に嫁がせようと企んでいたらしいこと…もしほんとうにそうなっていたら…
クヒオ・アヴェニュー、シェラトン・プリンセス・カイウラニ・ホテル近く。
などなど…ハワイの歴史も、いえ、ハワイの歴史って、なかなかおもしろいでしょ^^!
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